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周辺散策マップ トキワ荘跡地モニュメント 記念碑「トキワ荘のヒーローたち」 エデン跡 鈴木園 菊香堂跡 目白映画館跡 子育地蔵尊 椎名町駅ギャラリー 椎名町駅壁画 椎名町駅案内図 あけぼの湯跡 南長崎マンガステーション 落合電話局跡 紫雲荘 第一マーケット跡 中華料理 松葉 鶴の湯跡 田中正雄の仕事場跡

1. トキワ荘跡地モニュメント

老朽化のため昭和57年に取り壊された「トキワ荘」跡地には、現在「日本加除出版株式会社」の社屋が建っており、トキワ荘の痕跡は残されていません。平成24年、「マンガの聖地」を訪れるファンたちのために、ここがトキワ荘の跡地であることを記したモニュメントが同社敷地内に設置されました。


2. 記念碑「トキワ荘のヒーローたち」

トキワ荘を地域の文化資源として継承・発信していくシンボルとして、平成21年に地域との協働で設置した記念碑です。台座部分にはトキワ荘に入居していた10人のマンガ家たちの自筆の似顔絵とサインが刻まれ、その上部にはトキワ荘のブロンズ模型が乗っています。模型の玄関前にあるスクーターは、毎日のようにトキワ荘に通っていたつのだじろうの愛車で、つのだのほかにも、永田竹丸、長谷邦夫、横山孝雄、園山俊二など、住人だけではなく、「通い組」と呼ばれた多くのマンガ家たちも「トキワ荘の青春」を彩っていたことを象徴しています。

また、記念碑が設置されている南長崎花崎公園には、当時「大和寮」と呼ばれていた都営バスの社宅がありました。


3. 椎名町駅ギャラリー

「椎名町駅ギャラリー」は平成23年の椎名町駅舎の改修工事に伴い、地域の文化や伝統工芸の紹介スペースとして整備されました。現在は、豊島区ゆかりのマンガにまつわるエピソードの紹介をしています。


4. 椎名町駅壁画

平成24年、西武池袋線椎名町駅の南北自由通路の南側に設置されました。横約4m、縦約3mと大きなもので、トキワ荘の元入居者で、現在、杉並アニメーションミュージアム館長の鈴木伸一氏が描いたトキワ荘に、トキワ荘に入居したマンガ家のキャラクターや自画像が一緒に描かれています。トキワ荘のあった街への玄関口としてキャラクターたちが迎えてくれる絵柄となっています。


5. 椎名町駅トキワ荘ゆかりの地散策マップ

平成24年に設置。トキワ荘のあった地域をマンガ家の作品で紹介する散策マップ。地域にある子育て地蔵については手塚治虫の『トキワ荘物語』のカット、通りの様子を寺田ヒロオの『背番号0』の表紙絵など、当時マンガ家が見ていた風景でトキワ荘のあった街を紹介しています。


6. エデン跡

戦後間もない昭和23年開業、山手通りと目白通りの交差点にあった音楽喫茶で、マスター自慢のジュークボックスと、当時としては珍しいエアコン設備があり、石ノ森章太郎、赤塚不二夫、水野英子らが打ち合わせや原稿書きなどに足しげく通いました(ウェイトレスの女の子が目当てだったという説も)。山手通りの拡幅により平成14年閉店。


7. 目白映画館跡

テレビが普及する以前は、映画は娯楽の王様で、マンガ家たちも映画が大好きでした。目白映画は東宝系の映画館で、黒沢映画や「ゴジラ」の封切りなどのほか、洋画もよく上映していました。マンガ家たちは、池袋の人生坐や文芸坐にも出かけたそうですが、トキワ荘に一番近いこの映画館にもきっと訪れていたことでしょう。昭和45年ごろ閉館。


8. 菊香堂跡

手づくりパン・ケーキの店「菊香堂」の当時10円だったコッペパンに、コロッケやメンチカツをはさんで食べるのがマンガ家たちの定番でした。金欠のため、1個のコッペパンを赤塚不二夫と石ノ森章太郎が分け合って食べたというエピソードもあります。また、藤子不二雄と藤子・F・不二雄は、この店のケーキを買って雑司が谷・並木ハウスの手塚治虫を訪ねました。


9. 鈴木園

鈴木園の2階にあったアパートは、昭和36年にトキワ荘を出た新婚の赤塚不二夫夫妻とよこたとくお夫妻が同時期に引っ越したところで、当時新築の家賃は二間で約1万円でした。ここから、赤塚の「おそ松くん」「ひみつのアッコちゃん」、よこたの「マーガレットちゃん」の連載が始まりました。


10. 南長崎マンガステーション

南長崎地域のマンガ・アニメによる街づくりの拠点として平成27年7月に開設。


11. 子育地蔵尊

「第一マーケット」跡地脇の参道奥にある子育地蔵尊は、平成22年に開祖300年を迎えた地域のシンボルで、戦前の「地蔵さんの縁日」の賑わいは、巣鴨をもしのぐほどだったと言われています。新宿区下落合の自宅から歩いての通い組だった永田竹丸も、子どもの頃、この縁日に出かけてきたそうです。


12. あけぼの湯跡・あけぼのハウス跡

「あけぼの湯」は昭和48年頃まで営業していた銭湯で、トキワ荘にほど近い「鶴の湯」の定休日などにトキワ荘のマンガ家たちが利用していたようです。また、石森章太郎は、トキワ荘退出後の昭和37年から「あけぼの湯」に隣接した「あけぼのハウス」というモダンなアパートに入居し、数年間、創作活動をしていました。「あけぼの湯」と「あけぼのハウス」を含めた跡地部分には、現在「区民ひろば富士見台」が建っており、庭先に置かれた灯篭など銭湯時代の面影が残されています。


13. 落合電話局跡

トキワ荘の入り口正面にあった電話ボックスは、マンガ家達と出版社との通信手段でした。

14. 紫雲荘

仕事量の増えた赤塚不二夫が、トキワ荘の一室だけでは手狭になり、新たに借りて暮らした部屋が、紫雲荘の一室。今も現存するこのアパートを活用して、マンガ家をめざす若者に紫雲荘の空き部屋を家賃補助のもと貸し出し、地元住人や豊島区などで応援する「紫雲荘活用プロジェクト」を進めています。


15. 第一マーケット跡

トキワ荘の近くにあった「第一マーケット」は、最盛期には20店舗以上が入り、寺田ヒロオも特売日にコロッケやメンチカツなどをここで買っていました。

16. 中華料理 松葉

創業は昭和25年頃。当時1杯40円のラーメンの出前をよく取っていたという、マンガ家たち御用達の中華料理店で、マンガや映画・ドラマなどにも登場する有名店です。トキワ荘のマンガ家たちにゆかりの数少ない現存店で、店内にはマンガ家直筆の色紙がたくさん飾られ、ファンが必ず立寄るスポットです。


17. 鶴の湯跡

トキワ荘の住人たちも通い、平成3年ごろまで営業していた銭湯で、藤子不二雄の「まんが道」にも登場します。寺田ヒロオたちは、午後3時の一番風呂に入るのが楽しみで、マンガのアイデアにつまると、よく一番風呂に来ていたとか…当時の湯銭は15円でした。


18. 田中正雄の仕事場跡

椎名町周辺にはトキワ荘以外にもマンガ家が多く住んでいました。柔道マンガ「ダルマくん」の作者で、大阪時代から手塚治虫と親交があった田中正雄も、昭和28年頃から、この地にあった大野屋という旅館の2階二間を借り切って、母親と一緒に住んでいました。